とらぬたぬきの皮算用

中小企業診断士を目指しています。

【ポエム】とある企業の人事施策

ポエム(poem)

1 1編の詩。韻文作品。

2 詩的な文章。詩的だが中身のない文章・発言を揶揄していうこともある。

デジタル大辞泉

 

A社は同族経営の中小企業である。この老舗の後を継いだ社長は、組織の改革のため、3つの取り組みを行った。

ひとつめはプロジェクト活動。通常業務の部署とは別に、いくつか社内でテーマの異なる、会社を改善するプロジェクトチームを発足。参加メンバーは若手中心でリーダーも若手。参加も不参加も自由であるが、参加すれば手当が出る。活動内容は各プロジェクトに任せられている。部署横断でヨコのつながりもでき、楽しく活動できる。

ふたつめは社内アンケートの実施。社員が上司や部署の評価をして点数をつける。また、改善すべきことを自由に書くことができる。これは無記名で行われ、誰が書いたか分からない形に集計され、社長のもとへ届く。これをもとに社内の改善が行われるのだ。このアンケートの点数は年々上がっている。

みっつめは新卒採用の強化である。元々は高卒や中卒の中途採用ばかりであったが、次代を担う大卒の新卒を採用した。情報発信を強化し、優秀な新卒を採用。既存の社員も、それまでは技術を見て覚える、盗んで覚えるものと考えていたが、教えたり、マニュアルを整備したり、教育に力を入れるようになった。

 

事実には裏と表がある。

裏と表だけではなく、もっと立体的で多面体なのかもしれない。見る者によって見え方が変わるものだ。

A社の活動もしかりである。

 

プロジェクト活動は数年続けていると活動内容が固定化されてきた。前年までの活動で社長や社員から高評価だったものは続けなくてはならない。社内活性化のための宴会の幹事や、社内報の作成などは膨大な時間がかかる。それを、時給換算すれば最低時給を割るほどの手当で行う。プロジェクトに参加しても、会社が変わっていく実感は得られない。社長に活動報告をするが、改善の効果が見られないので、社長は激怒する。楽しそうだとやる気に満ちてプロジェクトに参加した社員は、会社に失望して退職していく。プロジェクトメンバーは常に入れ替わり、若手ばかりである。

社内アンケートの集計係はアンケートの時期のたびに憂鬱であった。アンケートの結果が悪いと、「なんでこんなに点数が悪いんだ!改善しろ!」と社長が激怒するからだ。小さな会社である。その話はすぐに伝わる。この事情の分かる社員はアンケートに満点しかつけられなくなった。小さな会社なので、名前を伏せても、記述内容や筆跡から誰が書いたか分かってしまう。もう何も書けない。ほどなくして、また集計係が退職した。

苦労して採用した新卒はすぐに辞める。優秀な新卒の友人はやはり優秀で、連絡を取るたびに、会うたびに大手企業の話を聞く。A社の給与は大手に比べると見劣りがするようだ。A社のこの手取りでは結婚などできない。年中無休でシフト制なので、育児もしやすいとは言えない。転職するなら若いうちだ。新卒だった若手は退職していく。中途は元々なかなか定着しない。ベテラン社員がマニュアルの整備を行い、教育スピードを上げても、離職するほうが早く、常に人手不足だ。

事例Ⅰのような施策を盛り込んだA社はなかなか社員が定着せず、いつも募集をかけている。社長は忙しく、めったに現場には来なかった。

 

人事施策は難しい。本当に難しいのだ。大企業で当たり前に動く仕組みが、中小企業にはなじまないこともある。