とらぬたぬきの皮算用

中小企業診断士を目指しています。

国語の勉強は何のためにするのか

「国語ってなんでやらなきゃいけないの?」

昔、小学生だったか、中学生だったかのときに、弟が母に聞いた質問です。国語の勉強が嫌いだったみたいなんですよね。

 

母の答えはこう。

「文学は芸術だから、理由なんかない。音楽とか美術と一緒。」

 

うーん。これはひとつの真理だとは思うんですけど、弟の質問の答えとしては微妙だと思ったんですよ。

 

母は詩人でした。という書き方だと亡くなったみたいですが、まだまだ生きています。詩はもう書いていないらしいという意味で過去形です。若い頃、詩集を自費出版したくらいには書いていたようです。なので、「文学は芸術」は、たぶん母にとっては真理。

 

一方で、弟の質問は、国語の勉強の必要性を問うたものだと思います。国語の勉強はなぜ必要か。

 

今の私の答えとしては、次の通り。

「国語の勉強をしていないと、名前を付けることができないから」。

 

国語は、読む・書く・話す・聞くの4要素を育みます。コミュニケーションの勉強なんですよね。実際の授業では「読む」に偏っていますが。

 

大人になってから、仮に長い文章を書く機会がなかったとしても、何かに名前を付ける機会くらいありそうです。商品名とか、子どもの名前とか。

読んで知っている中からでないと、名前は付けられません。言葉や漢字の意味を知っているか、知らなくても調べ方が分かっているかでないと、良い名前はつけられません。そして、言葉のセンスは一朝一夕には身につかないのです。

 

これだったら、必要性の説明にはなりますかねぇ? でもね、本が好きな人はそんなこと考えもせずに読むし、読めば国語力はそれなりに身につくと思うんですよね。

 

私な国語が得意で、大学では日本文学をやりたかったのですが、「国語だけではメシが食えない」と塾の先生に言われて、教育学部に進みました。

学問的には文学研究を存分に出来たので良かったのです。が、社会人になってから、日本語の力を活かせる仕事って教師以外にもいろいろあるなぁと気づいたんですよね。もっと早くに知っていれば、違う道を選んだかもしれません。

 

長い割にはまとまりませんが、このへんで。